一年目の教科書
HISTORY

日本の稲作の歴史

いまあたりまえに見える田んぼの風景は、三千年ちかい試行錯誤の積み重ねです。自然栽培は「昔に戻る」ことではありませんが、農薬も化学肥料もなかった時代に人が何をどうやっていたかを知っておくと、自分の田んぼで起きることの見え方が変わります。

この年表の読み方年代には研究者のあいだで見解が分かれるものがあります。特に稲作の伝来時期は、いまも決着していません。対立がある箇所は両方の説を併記しました。出典のないことは書いていません。

自然農法・有機農業の系譜

農薬と化学肥料が普及していく、まさにその同じ時代に、それを使わない農のかたちを模索した人たちがいました。

出典:自然農法福岡正信(この2項目のみ、公的資料に該当記述が見つからず二次情報を用いています)/日本有機農業研究会鹿児島大学 有機農業に関する資料

調べきれなかったこと川口由一・木村秋則の活動年、そして「自然栽培」という語がいつごろから使われるようになったかについては、公的・学術的な出典を見つけられませんでした。有機JAS制度の開始年も、確たる一次資料に到達できていません。分かりしだい追記します。

数字で見る、この百年

技術の進歩がなにをもたらしたかは、二つの数字にはっきり出ています。

10aあたりの収量
単位:kg/全国値
明治16年 1883: 178kg令和2年 2020: 531kg178531明治16年1883令和2年2020
10aあたりの労働時間
単位:時間/全国平均
昭和55年 1980: 64.4時間平成18年 2006: 28.0時間平成27年 2015: 23.0時間64.428.023.0昭和55年1980平成18年2006平成27年2015

収量は明治16年の178kg/10aから令和2年の531kg/10aへ、およそ3倍になりました。同じ面積から3倍の米が穫れるようになったということです。いっぽう労働時間は、昭和55年の64.4時間/10aから平成27年の23.0時間へ、3分の1近くまで減りました。1959年以前は草取りだけで50時間を超えていたことを思えば、減り方の大半は除草剤が担ったことになります。

自然栽培をやるということこの二つのグラフの、下向きの矢印を自分で押し戻すのが自然栽培です。労働時間は増え、収量はおそらく落ちます。それでも選ぶ理由があるとすれば、穫れる米の質か、田んぼという場所との関わり方か、その両方でしょう。数字の上では不利だという事実を、はじめに正面から見ておいたほうが長続きします。

出典:山形県 農業関係資料(全国値)農林水産省 労働時間日本植物調節剤研究協会 講演資料。1950年代の労働時間は公的統計での具体値を確認できませんでした。

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